創刊60周年記念にあたり、業界の歴史を振り返る意味に おいて「パチンコ産業の歴史シリーズ」を再掲載しています。 ※この原稿は2010年10月号に掲載していた「パチンコ産業の 歴史⑦」を一部加筆・修正したものです。
1. ハネモノの元祖「ゼロタイガー」の誕生
フィーバーブームの過熱から、1981年には「30秒開放・10ラウンド規制」が、1984年には「10カウント規制」が入り、フィーバーは過熱的なブームが収まりつつあった。そんな中、一方でフィーバー機と同時期に発売された革命的な遊技機が新たなジャンルを切り開きつつあった。「ハネモノ」と呼ばれる新ジャンルを築いた平和製「ゼロタイガー」が誕生したのは、三共製「フィーバー」が誕生した翌年、1981年のことだ。
ずいぶん以前に平和本社をお訪ねした時に、ゼロタイガーの誕生秘話をお聞きしたことがある。当時はセンターに役物を配置するのがトレンドであったが、使われ方としては「役物に入賞すると、別のチューリップが開放する」というものであった。これを何とか「役物そのものが玉を拾う巨大チューリップとして機能できないか」という考えから始まったものだという。テレビでたまたま放映していた「ゼロ戦」の映像から思いつき、プラモデルを買ってきて作っては壊しを繰り返しながら試行錯誤し、あの役物が完成した、というお話だった。
ゲーム性は、盤面下部の左右落とし「1」に入ると1.2秒、下部中央「2」に入ると1.6秒×2回、役物のハネが開放する。開放中にハネに拾われた玉が役物内の「Vゾーン」に入賞すると大当たりとなり、ハネが最長で合計29秒間に渡り18回の開閉を繰り返す。その間に再度「Vゾーン」に玉が入れば、その時点からまた18回の開閉動作を行う。この繰り返しで最高8ラウンドまでの継続を狙う仕組みだ。まさに今現在のハネモノの原型である。ただし、当時は10カウント規制がなかったため、18回の開閉作動中に何個でも玉を拾った。賞球はオール13だったが、一方で継続率自体も良くなかったため8ラウンドまで完走するのは難しく、いわゆる「遊べる台」に仕上がっていた。
この「ゼロタイガー」が空前の大ヒット機種となると、他社も追従するようにハネモノを開発する。三洋物産製「グラマン」、三共製「ギャラクシーダイバー」、奥村遊機製「モナキング」などが続々と登場。中でも、その動作内容と玉の動きの面白さで注目され大ヒットしたのが三共製「キングスター」だ。この機種は30秒間に、小刻みかつランダムに37回の開放を繰り返すコミカルな動きと、溝を乗り越えた玉がレールに乗って奥に吸い込まれていく役物内の玉の動きが楽しく大人気となった。余談だが、この「キングスター」に関しては、電動ハンドルが現在のように遊技客に向かって付いているのではなく、天上に向かって仰向けに付いている枠もあり、当時遊技しようとして驚いた記憶がある。