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【特別寄稿】パチンコ産業の歴史②「連発式パチンコの規制~復活!第2期黄金時代へ」(WEB版)/鈴木政博

投稿日:2022年4月27日 更新日:

創刊60周年記念にあたり、業界の歴史を振り返る意味において「パチンコ産業の歴史シリーズ」を再掲載しています。
※この原稿は2010年5月号に掲載していた「パチンコ産業の歴史②」を一部加筆・修正したものです。

1. 連発式パチンコの規制
「連発式」と「オール20」の人気から、ピーク時のホール数が45,000店舗にまでのぼる「第1期黄金時代」を迎えたパチンコ産業。しかしこのブームの終焉は思いの外、早く訪れた。1952年発売、第1期黄金時代の火付け役となった「オール20連発式」から二年後の1954年、風俗営業取締法の一部改正により3号営業の追加規定として法律に初めて「ぱちんこ」の名称が登場すると同時に、東京都公安委員会を皮切りに各都道府県の公安委員会が1955年3月をもって連発式パチンコを禁止すると通達。同年10月にはオール20も禁止されることとなる。

規制の理由は何か。当時の貸玉料金は1個2円、景品上限額が100円。「オール20」は、どの入賞口に入っても20個の払い出しがある機種なので、1回の払い出しは40円だ。これが一度の払い出しの上限だが、この数値だけでは当時の射幸性は掴みづらい。

では打ち出す消化スピードはどうか。こちらが連発式の禁止につながっている。連発式とは、元来は左手で1個1個を穴に入れてからハンドルを弾いて打ち出していたものを、一度に一定量の玉を込めても、打ち出すごとに一発一発が補填されていくというもの。「デンデン虫」と呼ばれた機械のヒットをきっかけに改良は続き、次に左手で玉を穴に入れなくても沢山の玉を一度に置くことができる「上皿付き」が登場、さらには賞球の払い出しも上皿に出てくる「循環式」も登場した。循環式の1号機といわれる「上皿付き高速連射機」は「機関銃」と呼ばれ大人気を博すが、こちらは一分間に160~180発の発射が可能であったといわれる。一口に180発といっても、金額に換算すれば一分間に360円。これだけ見ると現在の一分間に400円と大差ないが、今とは物価が圧倒的に違う。現在140円であるJR山手線の最低区間料金(2022年現在)が、わずか10円だった時代。単純に14倍の物価差があるとすれば、その射幸性は現在の10倍超となる。今の時代に換算すれば、4円の玉が一分間に1,250発以上、貸玉料金にして5,000円以上が発射される機械と同等となる。

この著しく高い射幸性によりパチンコ産業は第1期黄金時代を築くが、この連発式規制の直接の引き金となったのは「モーターパチンコ」であるとも言われている。この「モーターパチンコ」とは、遊技者がハンドルを弾かなくてもモーターで自動的に発射される代物であったが、一分間に約200発が発射されることもあり真っ先に目を付けられ、即座に一定の猶予期間の元に禁止措置となった。この一件からモーター式だけでなく連発式自体も問題視され、その結果、全国警察本部長会議で「単発式を除くぱちんこ機械は遊技者の射幸性を著しくそそるおそれがあり、遊技機として不適切」という採択がなされることとなる。

ただしこのモーターパチンコの一件は、あくまできっかけではあるものの、既に連発式によりパチンコ人気が高まる一方で、夢中になりすぎて生活を破綻させてしまう、現在の言葉で言う「パチンコ依存症」なる人達も発生しはじめていた。また投資金額が高いため、景品を取っていては次に打つ資金がなくなるため、当時は店舗の外で立って景品を買い取っていた「バイニン」に景品を買い取ってもらうケースも日常化していた。こういった現状を放置することは出来ないとして、ついに1955年、各公安委員会により3月に「連発式パチンコ」が、10月には「オール20」も禁止される、という経過をたどる。

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