【寄稿】6月のエッセイ(WEB版)/POKKA吉田

中学の同級生が高卒で街の小さな信用金庫に就職した。そこの先輩社員たちが毎日仕事終わりと休日はぱちんこ三昧だったらしい。「よくそんなにカネ持ちますね」と同級生が先輩に聴いたら「ずっと打ち続けてたら実は案外勝つこと多いんだよ」と。当時はまだラッキーナンバー制すら一般化とまではいってない時代の大阪。サヤで持ち玉遊技で得をするという感覚が私にはなく、1種を延々と打つことができる人間は財布事情から勝ち組だと思っていた。当時の1種はどんなものだったか。十字のセグ表示のニューヤンキーとかの時代だったと思う。

音楽を人生の出来事になぞらえる人というのはとても多い。私の友人は小中学生の頃、とにかく失恋しては中島みゆきを聴いていた。「やめろ、落ちるところまで精神が落ちるぞ」といいつつ、彼は独りカタルシスということで泣くだけ泣いて実は精神を浄化させていたようである。その友人は20代半ばくらい、つまり私がシークエンスに入社した直後くらいからぱちんこに目覚め、真顔で「大当たりの波が読めるようになった」と宣った。こちとらダイコクのCとかトライコクスのマニュアルで計数管理を勉強し始めたタイミングだったから「おいおい、ふざけてんのか?」という話ではあったが、本気で宣った。当時、仕事で知り合ったパチプロにこの話を聴いたら「本人が読めるというのなら読めてるんじゃね?」くらいのテキトーな反応である。なのでそっと放置しておいた。そいつは30を過ぎて司法書士に頼んで消費者金融の債務整理をして自己破産を免れ、ぱちんこだけではなく競馬も含めた全般的なギャンブリングから足を洗って今はのんびり生きている。あいつが最も打っていたのがモンスターハウス。

個人的には人生の出来事になぞらえるのは音楽もそうだが遊技機もそうだった。私にとってビッグシューターはものすごくいろんな想い出がある。また、初めの大きな失恋のときはダイナマイトが慰めてくれた。その後は業界に入ってからだが、獣王やアラジンAは失恋で憔悴した私を本気で慰めてくれた。

大崎一万発さんからの依頼で新書を出したのが2011年のこと。私は新鬼武者を打っており、天井付近でRBが当たるという痛恨事をやらかしていた。携帯が鳴ったので出たら「本出そう」というので「ああ、今日は大負けしてもさすがにそれよりはもらえるだろう」と喜んでコンビニのATMに走った。やっぱり大負けして本も真剣に書かないとかなりまずいとなり、一週間ほど宅にこもりっきりで書きなぐった。文豪気どりの赤面文章プータロー君が記名で著書を上梓することになった瞬間である。ありがたいことに発売直後に増刷が決まり、主婦の友新書から出した「パチンコがなくなる日」は発売1か月も立たないうちに5刷まで増刷している。さすがに新鬼武者の大負けは取り返して余りあるくらいには印税をもらえた。これ以後の著書は全然売れていないけれど。

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