【コラム】「マカオのカジノ王」スタンレー・ホー氏逝去(WEB版)/勝部悠人

「マカオのカジノ王」として日本でもその名を知られたスタンレー・ホー氏が5月26日午後1時、入院先の香港養和醫院で亡くなった。享年98歳。

一代でカジノ帝国を築き上げ、インフラ整備など市民の生活品質向上にも貢献

日本人の間ではマカオのカジノ業界における立志伝中の人物のイメージが強いホー氏だが、マカオにおいては20世紀後半から今世紀初頭にかけてカジノ・リゾート施設の開発だけでなく、都市インフラの整備にも取り組み、今日の国際観光都市としての発展の礎を築いた実業家として評価されている。また、マカオ市民の生活品質向上につながる各種事業にも力を注いできたことも周知の事実となっている。英雄的存在といっても過言ではない。

6月2日から15日までの間、ホー氏の城ともいえるホテルリスボアのメインエントランスには献花台が設けられた。折しも厳格な新型コロナ防疫措置が講じられる中だったが、多くのマスク姿の市民が弔問に訪れた。同じ期間中、ホー氏が率いた企業の外壁や店内に設置されたデジタルサイネージでもホー氏の遺影とともに、追悼メッセージが掲出されていた。街の至るところでサイネージを見かけ、手掛けてきた事業の幅広さを再認識させられた。

ホー氏は長年にわたってグループの総帥としてビジネスを牽引してきたが、近年は香港での療養生活が続いていた。依然として大きな存在感を示していたものの、第一線から退き、後継者へのバトンタッチも進められ、2017年から2018年にかけて香港証券取引所に上場する旗艦2社の会長職も退任。すでに新体制へ移行済みだったことから、事業継承に関する混乱などは生じていない。

マカオのカジノ運営ライセンスは、かつてはホー氏によるモノポリー体制だったが、2002年の入札を経て6社体制となった。ホー氏が率いたSJMホールディングスはカジノ売上シェア上位争いを繰り広げているが、絶対王者ではなくなっているのが現状だ。目下、ホー氏の「遺作」となる統合型リゾート(IR)「グランドリスボアパレス」がオープンを間近に控えている。同社にとって、新興勢力がしのぎを削るコタイ地区への初進出、そして初めての本格的なIR施設となり、シェア拡大の切り札として期待がかかる。

なお、マカオのカジノ運営ライセンスの契約満期日は2022年6月26日となっており、マカオ政府は既存契約の延長ではなくあらためて再入札を実施するという方針を示している。ホー氏亡き後のSJMにとって、ここが大きな山場となる。ホー氏の実子が率いるMGMチャイナとメルコリゾーツについても同様だ。ちなみに、マカオのカジノに対する実効税率は39%。内訳はカジノ粗利益(GGR)の35%に加え、マカオ基金会への拠出分として1.6%、インフラ・観光・社会保障基金への拠出分が2.4%なのだが、実はSJMのみ浚渫などの港湾整備を担うことでインフラ・観光・社会保障基金への拠出分が1%少なく設定されている。カジノ粗利益は金額の母数が数千億円に上るため、1%の差は大きい。ライセンスの行方とともに、1社のみに与えられた事実上の優遇措置が継続されるかどうかにも注目される。

ホー氏の人生は、近代マカオのカジノ産業史そのものといえるだろう。列挙すれば、到底本稿に収まりきらない。ホテルリスボア内に「マカオゲーミング産業資料館」が設けられており、数々の貴重な展示資料を通じて業界の発展史、そしてホー氏の功績について理解を深めることができるので、興味のある方はぜひ訪れていただきたい。ホー氏が語った言葉の展示もあり、筆者の印象に残ったのはモノポリー体制がスタートした1962年の「我々がカジノ業だけに従事すると思うなら、それは一種の偏見だ。我々の目標はマカオに新たな繁栄をもたらし、市民の生活水準を引き上げることにある。」というもの。まさに有言実行だった。

ホー氏の葬儀は7月8日から10日にかけて香港・北角にある香港殯儀館で執り行われた。祭壇の中央には故人の盟友のひとりで、SJMの副会長・エグゼクティブダイレクター・最高経営責任者のアンブローズ・ソー氏が揮毫した「笑語帷幄」の文字が掲げられた。故人の知的でユーモアあふれる人柄、ビジネスにおいて武将のように陣頭指揮を執った様子を表したものという。墓所は両親と同じ香港島の西部、摩星嶺にある昭遠墳場で、埋葬は来年になる見通し。

マカオの百貨店「ニュー・ヤオハン」のサイネージに掲出されたホー氏の遺影と追悼メッセージ(筆者撮影)

■プロフィール
勝部 悠人-Yujin Katsube-「マカオ新聞」編集長
1977年生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業後、日本の出版社に入社。旅行・レジャー分野を中心としたムック本の編集を担当したほか、香港・マカオ駐在を経験。2012年にマカオで独立起業し、邦字ニュースメディア「マカオ新聞」を立ち上げ。自社媒体での記事執筆のほか、日本の新聞、雑誌、テレビ及びラジオ番組への寄稿、出演、セミナー登壇などを通じてカジノ業界を含む現地最新トピックスを発信している。https://www.macaushimbun.com/

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