近年、マカオではカジノ施設内外で違法両替に従事する「換銭党」の暗躍が目立っている。
マカオのカジノを訪れた際、見知らぬ中年男女に声を掛けられた経験があるという方もいらっしゃるかもしれないが、それはおそらく換銭党のキャッチだろう。筆者もカジノへ立ち寄る度に辟易するほど声掛けを受けてきたが、相手にしてはいけず、無視を決め込むのが賢明と言える。
マカオのカジノでプレイする際には主に香港ドルが用いられるが、中国本土からマカオを訪れるギャンブラーにとって、人民元の持ち込みと持ち出しは金額制限があることなどから、一つのハードルとなっている。換銭党はこの両替需要(現金及びゲーミングチップ)を狙っており、為替差益を抜くことで稼ぎを得ているとされる。
当初は個人営業スタイルに近いものだったが、徐々に組織化が進んだとの指摘もある。アフターコロナでマカオのカジノが活気を取り戻す中、換銭党が絡む事件が頻発するようになった。例を挙げると、縄張り争い・仲間割れ・客とのトラブルなどによる暴力沙汰、偽札や「練功券」と呼ばれる本来は銀行員の教育用に使われる模擬紙幣を客に掴ませるなどの詐欺、両替客を装って換銭党と密室で接触して金銭を奪う強盗、換銭党に従事するための密入境など。殺人事件に発展したケースも報告されており、治安上の重大リスクとして問題視されるに至った。
マカオで暗躍する換銭党の多くは中国本土に拠点を置く越境犯罪グループに所属し、その指示を受けてマカオ入りした後、上役から紹介された客やキャッチ方式で両替客と接触し、取引を行い、マカオにいながら中国本土のインターネットバンキングや決済アプリの送金機能を使って現金やゲーミングチップをやり取りしているという。
中国本土の公安当局もこの状況を看過せず、2024年5月から包括的な撲滅作戦の展開をスタート。マカオ司法警察局もこれに呼応し、中国本土側と協力・連携を強化して共同で対応にあたるようになった。また、マカオにおける抜本的な対策として、換銭党によるカジノ施設内と周辺での賭博用途の両替行為などを刑事罰とする新法「打撃非法賭博犯罪法(違法賭博犯罪対策法)」が同年10月29日に施行された。
従来、マカオでは換銭党に対し、「(中国本土からいわゆる観光ビザで入境の)旅客が立場に不相応な活動に従事した」として入管当局が強制送還や一定期間のマカオ入境禁止措置といった行政処分を講じていた。新法では、最大5年の禁固刑が科せられる上、関連する現金・ゲーミングチップ・その他の有価物が押収対象となり、一定の抑止力を発揮することが期待されている。
マカオ司法警察局が12月13日に開いた特別会見で明らかにしたところによれば、同法の施行日から11月30日までの約1ヶ月間で賭博用途の違法両替に従事したとして換銭党の男女84人を逮捕するとともに、違法両替に使われた1千万香港ドル(約1.9億円)近くの金品を押収したとのこと。
同局では、同年5月に中国本土の公安当局が中国本土の多くの省市及び同局と共同で在マカオの換銭党撲滅作戦を展開して以来、マカオのカジノ施設内と周辺における違法両替活動は著しく縮小し、これに起因する両替詐欺事案も減少している状況が見受けられるとし、その結果は良好であり、作戦が奏功していると評価。さらに、マカオにおける同法施行を受け、より効率的な取り締まりが可能となり、今後は換銭党の生存余地が一層縮小するだろうとの見方を示した。
たしかに、少し前までは現地紙の紙面を連日賑わせていた換銭党絡みのニュース記事は新法施行以降、めっきり少なくなったように感じる。ただし、完全になくなったわけではなく、依然としてカジノでキャッチによる声がけを受けることもある。
マカオ司法警察局では、カジノ施設内やIR施設のシャトルバス車内、イミグレーション施設などを中心に、旅客に対して新法の周知を図るチラシの配布やプロモーションビデオの上映を行うとともに、正規ルートで両替をするよう累次の呼びかけを行っている。
今後、日本にカジノを含む統合型リゾート(IR)がオープンする際にも、両替需要が見込まれることから、換銭党が出現しないとも限らない。マカオの例を参考に、対策を準備しておくことが望まれる。
なお、マカオではカジノ高利貸しが返済不能に陥った債務者を監禁する事件も多発しており、上述の新法では違法な賭博用途の資金貸付に対する罰則も強化された。
勝部 悠人-Yujin Katsube-「マカオ新聞」編集長
1977年生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業後、日本の出版社に入社。旅行・レジャー分野を中心としたムック本の編集を担当したほか、香港・マカオ駐在を経験。2012年にマカオで独立起業し、邦字ニュースメディア「マカオ新聞」を立ち上げ。自社媒体での記事執筆のほか、日本の新聞、雑誌、テレビ及びラジオ番組への寄稿、出演、セミナー登壇などを通じてカジノ業界を含む現地最新トピックスを発信している。https://www.macaushimbun.com/