マカオ政府とカジノ経営コンセッションを締結する6陣営の一角、ギャラクシーエンターテインメントグループ(GEG)は11月11日夜に公告を発出し、同社創業者で、会長職を務める呂志和(Lui Che-Woo)氏が同月7日に死去したことを明らかにした。享年95歳。
筆者は10年ほど前から何度も呂氏に取材をさせていただいた経験があり、心よりご冥福をお祈りしたい。この機会に、呂氏の人物像についてご紹介をさせていただこうと思う。
呂氏は、2020年5月と2021年1月に相次いで世を去ったSJMのスタンレー・ホー氏(享年98歳)とサンズグループのシェルドン・アデルソン氏(享年87歳)と並び、現代マカオのカジノ業界に大きな足跡を残した。いずれも一代で大事業を成し遂げた立志伝中の人物だ。ホー氏とアデルソン氏は“カジノ王”と呼ばれたが、呂氏がそう呼ばれることはほとんどなかった。
実は、呂氏がカジノ事業に進出したのは70代に入ってからのこと。そこから、GEGを率いて現在進行形で拡張を続ける巨大IR「ギャラクシーマカオ」を成長軌道に乗せ、マカオのカジノ業界で大きなプレゼンスを示す存在を築き上げたバイタリティは並大抵ではない。
元々、呂氏は香港の建設・不動産業界で名を馳せた(現在の香港上場企業「嘉華國際」につながる)。1950年代前半に当時米国の占領下にあった日本の沖縄へ赴き、米国側が朝鮮戦争後で余剰となった建設機械などを買い取って香港へ持ち帰り、都市開発事業へ広く供給。1950~60年代にかけての香港は戦後の成長期にあり、これをきっかけに建設業者として事業基盤を固めた。その後、不動産事業へ進出し、事業は一層拡大。香港や中国本土で多くの開発プロジェクトや数多くの国際ホテルブランドと組んでの高級ホテル事業を手がけるに至った。
マカオのカジノ経営は長くSJMの前身であるSTDMが独占してきたが、2002年に対外開放が決定。このタイミングでギャラクシーカジノ社(GEG傘下)を設立して入札に臨み、3枚(※当初、後にサブライセンス3枚が加わった)のライセンスのうち1枚を手にした。入札には約20社が参加しており、GEGは豊富な企業管理の成功とホテル・ツーリズム事業における豊富な経験が評価されたものとされる。なお、マカオ政府からGEGに与えられた開発用地の面積は6社中最大で、期待も大きかったようだ。その後、同業6社の中でも特に飛躍的な成長を遂げ、GEGは2006年にカジノ企業として初めて香港上場を果たしたほか、2013年にはハンセン指数構成銘柄となった。
かつての一時期、GEGが日本版IRへの参入を打ち出し、その候補地として沖縄が挙がったことを記憶されている方もいらっしゃるだろう。当時、呂氏は会見等で若き日に沖縄ビジネスで稼いだ資金のおかげで今があると日本への強い思い入れを語ったのが深く印象に残っている。
マカオのカジノ事業のみならず、香港・中国本土における不動産ディベロッパーとして成功を収めた呂氏(とその家族)はフォーブスの香港長者番付の上位常連でもあった。2014年には一度トップに輝いたこともある。マカオのカジノ売上が2013年に最高額を記録したことを受け、GEGの株価が上昇し、資産が膨らんだことが主要因。直近の番付でも7位につけ、その資産合計は145億米ドル、日本円にして2兆円超とされる。その行方も気になるところだろう。
呂氏には5人の子がおり、すでに10年ほど前に事業と資産の分配を終えたことが明らかになっている。5人にそれぞれ別の事業を継承させることになっているとされ、長男の呂耀東(Lui Yiu Tung, Francis)氏が主にマカオのカジノ事業を引き継ぐ。呂耀東氏はGEGの副会長として、創業時から会長である父とともに経営の中核を担ってきた。
筆者が呂氏に取材をさせていただくようになったのは10年ほど前からのことで、好々爺という印象が強く残っている。会見時にはメディアの囲み取材に積極的に応じ、たとえ都合の悪い質問を受けても機転の利いた返しでケムに巻いて笑いを誘い、お土産代わりにと未発表のネタをさらりとリップサービスするといった毎度の“お約束”が思い出される。カジノ業界の大物の取材はピリピリムードが漂うものだが、呂氏の場合はサービス精神旺盛で、自然と周囲に人が集まり、皆を笑顔にさせる、そんな人柄がうかがえた。
GEGは11月27日から12月3日まで、ギャラクシーマカオに併設するギャラクシーインターナショナルコンベンションセンターに呂氏のメモリアルコーナーを設け、記帳を受け付けた。筆者も最後の挨拶へ訪れたところ、会場は多くの献花に囲まれ、参列者が途切れず続いていた。
勝部 悠人-Yujin Katsube-「マカオ新聞」編集長
1977年生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業後、日本の出版社に入社。旅行・レジャー分野を中心としたムック本の編集を担当したほか、香港・マカオ駐在を経験。2012年にマカオで独立起業し、邦字ニュースメディア「マカオ新聞」を立ち上げ。自社媒体での記事執筆のほか、日本の新聞、雑誌、テレビ及びラジオ番組への寄稿、出演、セミナー登壇などを通じてカジノ業界を含む現地最新トピックスを発信している。https://www.macaushimbun.com/