【コラム】マカオのカジノで繰り広げられた無料軽食提供によるマス集客合戦に突然の終止符(WEB版)/勝部悠人

マカオでは、昨年(2023年)の年初に丸3年にも及ぶ長いコロナ禍のトンネルを抜けて以降、インバウンド旅客数が急回復。直近までその勢いを維持しており、カジノ売上にも波及している。

今回、アフターコロナのマカオのカジノに出現した新たな集客合戦についてリポートしたい。従来、マカオのカジノ施設で無料の食事やドリンクがサービスとして提供されるのは、主にハイローラーと呼ばれる上位顧客に限られていた。いわゆる「コンプ」の一部だ。実は、アフターコロナとなって以降、各カジノ運営会社がマスゲーミングフロアの集客策の一環として無料の軽食やスイーツ、ドリンクなどの提供を始めるようになり、競い合うようにどんどん内容が豪華になっていく様子がうかがえた。どのような内容かといえば、マカオ名物のエッグタルト、点心、高級白酒として知られる茅台酒フレーバーの牛乳プリン、ハーゲンダッツのアイスクリーム、タピオカミルクティーなど。こういったものがマスゲーミングフロアの各所に設置されたカウンターで、会員カードすら見せることなくもらうことができる手軽さだった。

これを中国本土や香港のインフルエンサーらがSNS等で「無料で楽しむマカオ旅」といったテーマでマカオの主要観光名所紹介と合わせて各カジノの無料軽食を次々と取り上げたことで、認知が拡大。筆者が定点観測している複数のカジノ施設では、今年(2024年)の春頃から週末や連休シーズンには大行列となる人気ぶりで、これまであまりカジノフロアで見かけなかった若い女性グループやカップルといった層の来場が目立ち、その集客効果に驚いたものだ。

しかしながら、この集客合戦は6月12日に突然終わりを迎えることになる。現地メディアの報道によれば、マカオのカジノ監理当局から各社に対し、同日から無料軽食提供プロモーションを中止するよう通達があったとのことだ。その理由として、地元中小企業のビジネスへのマイナス影響を挙げていた。

アフターコロナがスタートした当初こそ、目新しい集客策として注目を集め、特に問題視されなかったが、旅客の間でお金を使わない旅のスタイルが広がったことで風向きが変わったようだ。マカオ政府はかねてよりカジノ運営企業に地元中小企業支援を求めてきたが、結果的に旅客が中小企業で消費する機会を奪う結果になったと判断されたことになる。

なお、6月12日以降もマスゲーミングフロアにおける軽食の無料提供が完全になくなったわけではない。筆者が複数のカジノ施設で確認したところ、軽食の無料提供を受けるには、会員カードの提示及び当日のプレイによって積算されたポイントの存在が必要というハードルが設けられていた。会員カードは無料で作ることができるが、プレイによるポイントを獲得するには、少なくとも日本円で数千円程度を投じなくてはならない。ドリンク類については、各施設とも無料提供を続けているようだが、やはり軽食の集客効果は高かったようで、以降のカジノフロアの客層はまた以前のように戻ったように感じる。

突然の中止を受け、地元マカオでは賛否両論、大きな物議を醸した。カジノ運営企業にとって、カジノフロアの集客については目に見える効果があったと思われるが、実際のところコストを上回る増収効果があったかは疑問が残る。一方、地元中小企業のビジネスに影響が生じたことについては、旅客消費統計資料から旅客1人あたり消費額がコロナ前2019年との比較で昨年通期は55.3%増、今年第1四半期は40.3%増だったことから、実際には順調に推移しているとも受け取れる中、ローカルエリアの小売・飲食店の売上が低迷しているとの指摘もある。しかしながら、カジノ所在エリアと距離があるため、カジノでの無料軽食提供の影響がどの程度あったのか、検証が必要だろう。アフターコロナでマカオ市民及びインバウンド旅客の消費スタイルに大きな変化があり、よりコストパフォーマンスを重視した消費志向が強まっているともいわれている。

マカオのカジノがマスをターゲットとした集客策を大々的に行ったのは意外と見る方もいるかもしれない。かつてマカオのカジノ売上はVIPが大半を占めたが、近年はVIP比率の縮小が進んでおり、最新の今年第1四半期の統計では23.6%にとどまっている。マカオのカジノ運営企業にとって、今やマスが主戦場の位置付けとなっているのだ。今後また別の新プロモーションが出現する可能性も十分あり、引き続き市場の動向を追いかけていきたい。

茅台酒フレーバーの牛乳プリンとタピオカミルクティーのイメージ=筆者撮影

茅台酒フレーバーの牛乳プリンとタピオカミルクティーのイメージ=筆者撮影

■プロフィール
勝部 悠人-Yujin Katsube-「マカオ新聞」編集長
1977年生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業後、日本の出版社に入社。旅行・レジャー分野を中心としたムック本の編集を担当したほか、香港・マカオ駐在を経験。2012年にマカオで独立起業し、邦字ニュースメディア「マカオ新聞」を立ち上げ。自社媒体での記事執筆のほか、日本の新聞、雑誌、テレビ及びラジオ番組への寄稿、出演、セミナー登壇などを通じてカジノ業界を含む現地最新トピックスを発信している。https://www.macaushimbun.com/

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