のち2000年11月にはエレコ製「イーカップ」が「初の押し順ナビ搭載機」として発売。この「目押しナシで押し順ナビに従うだけ」というATのゲーム性は、以降のパチスロ界において非常に大きな影響を与えることになるものの、残念ながらこの「イーカップ」自体はAT中のベースが100%でしかなくコインが増えるものではなかったため、大きなヒットには至らなかった。
そして年が明けた直後の2001年1月10日。伝説となった回胴式遊技機である、サミー製「獣王」がついに発表される。「スーパーAT」と名付けられたこのATは、1ゲームの純増枚数が10枚、10ゲームまたは30ゲームのセットで獲得枚数は100枚または300枚程度であるものの、実はこのAT自体が激しい連続性を持っており、一撃数千枚、一日の差玉で10,000枚の獲得もありえる、という爆発性を秘めたゲーム性を抱えていた。アシストに従って目押しをした場合、設定6での平均獲得枚数は理論値で7,500枚程度、出玉率で約140%という脅威のスペックであり、パチスロ業界に一大旋風を巻き起こす大ヒットとなった。
以降、各メーカーから続々とAT機が発売され「AT全盛期」を迎えた。獣王発売から約一年後の同年12月には、「スーパーAT」に「押し順ナビ機能」を併せ持った機種としてロデオ製「サラリーマン金太郎」が発売され、こちらも大ヒット。翌2002年になると、さらに通常時のベースをカットし、射幸性を限界まで高めたサミー製「アラジンA」や、ミズホ製「ミリオンゴッド」などが競うように発売され、ホールでは一日の差玉で50,000枚を越す事例までもが出現しはじめた。「等価で100万円」という異常事態から、ホールの一部コーナーは明らかな鉄火場へと化してゆく。こうして爆裂AT機時代は頂点を極めた。
2. ストック機の誕生
一方で、遡ること2000年10月、初のAT機「ゲゲゲの鬼太郎SP」が発売された同年に、ネット製「ブラックジャック777」が発表されていた。こちらは「リプレイタイム」という機能が搭載され、リプレイタイム中に引いたボーナスは全てストックされる、というゲーム性が市場で話題となった。この機種が「ストック機」の原点となる。そして、この機能を革新的に進化させたものとして、翌2001年9月に山佐製「スーパーリノ」が発表される。こちらのリプレイタイムは、表面上はリプレイが揃いやすくなるものではないため、通常プレイと変わりなく進行していく遊技の中で人知れずボーナスがストックされていく、というもので、その機能を初の「サイレントストック」と名付けられて発売。「合法的な貯金方式」として、以降さまざまな機種にこの機能が採用されていく。AT機全盛の一方で、このストック機も存在感を示し、双璧を成していった。こうしてホールではパチスロ史上類を見ない、最大のムーブメントが巻き起こっていった。
それでは、なぜこれら「AT機」や「ストック機」が適合し発売されるに至ったのか。その理由や、以降「検定取り消し」なども含め規則改正へ向かう流れについては、次号に記述を譲りたい。
(以下、次号)
■プロフィール
鈴木 政博
≪株式会社 遊技産業研究所 代表取締役≫立命館大学卒業後、ホール経営企業の管理部、コンサル会社へ経て2002年㈱遊技産業研究所に入社。遊技機の新機種情報収集及び分析、遊技機の開発コンサルの他、TV出演・雑誌連載など多数。