【寄稿】老害、理想論を語る(WEB版)/大﨑一万発

このところ「老害」と罵倒されるシーンが増えてきたことに、少なからずのショックを受けているまんぱつです。いやいや、まだまだアタマは柔軟なつもりだし、浮気だってしたいし……、などと、当事者感覚がないのが老害たる所以なのかもしれませんけど(笑)、確かにプレイヤーとして「どうパチンコと付き合っていくか」、すなわち「パチンコ観」の部分においては、エンドユーザーの多くと乖離した考え方をしている事実は否定できません。

例えば僕は、(特にライトユーザーに向けて)勝ち方はあるけど、パチンコとは勝てないものだと割り切って遊ぼうと常日頃説いています。千円15個しか回らない台に座っても、ボッタクリだとイライラするんじゃなくて、お店さんも商売だからしょうがないよね。勝てなきゃ意味がない遊びじゃなくて、夢を買った、サービスを受けた対価を支払うのは当然だよね、と。まあその達観をぶち壊すほどに負けてしまうのが問題ではあるわけですが(そして非等価15個はたいがいなボッタクリでもありますが)、これに対し、業界の犬だの抱き込まれただの、プレイヤーからは散々な言われ方をします。

もちろんそんなつもりは毛頭ないわけで、これはパチンコ歴40年近い現役プレイヤー(負け組)からの、「長く楽しむ」ためのアドバイスであり自己防衛策です。パチンコに対して腹が立つ、ストレスが溜まってしまうのは、無根拠に勝てる儲かると勘違いするからであって、せっかくの楽しいひとときを台無しにするだけでなく、果ては問題行動にも繋がってしまう。もちろんパチ屋に絶対勝たせろと迫ったところで叶うはずもなく、ならば胃を痛くするより自分の考え方を改める方が建設的ではありませんかという、当たり前の結論に過ぎません。事実、僕自身がそう割り切ってからグッとパチンコが楽しくなったわけで、経験則からも間違っているとは考えていません(繰り返しますが最近は、負けが過ぎてそうも言ってられない状況も珍しくはありませんが)。

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