世界最大のカジノ売上を誇る都市マカオ。人口約68万人の1割弱にあたる約5.7万人がカジノ業(ジャンケットと呼ばれるカジノ仲介関連は含まず)に従事している。このうちカジノディーラー職は約2.5万人で、マカオでは地元マカオ人(マカオ居民IDカード保有者)のみがカジノディーラー職に就くことができると規定されている。
マカオ政府統計調査局公表資料によれば、昨年12月のカジノディーラー職の平均月給(賞与等臨時給含まず)は1万9800パタカ(約27万円)。同月のマカオ居民の月給中位数1万9000マカオパタカ(約26万円)を上回っている。
マカオでも高学歴化が進んでおり、職務経歴や語学力が重視される。しかし、カジノディーラー職に限れば、学歴や職歴はほぼ不問と言っても差し支えない。ディーラー職を目指す人のために、公立のマカオ理工学院ゲーミングティーチング&リサーチセンターがディーラー職養成のための講座を開講している。受講対象は21歳以上のマカオ人で、授業料は無料だ。入学試験はなく、定員を超過した場合は抽選となる。授業は広東語で行われ、テキストは繁体字中国語で書かれたものが使われるため、それらを理解できることが申し込み条件だ。この学校の特徴として、午前と午後に同内容の講義が行われ、すでに仕事を持つ人でも出席しやすいよう工夫されている。所定の出席率をクリアし、テストに合格すれば修了証を手にすることができ、晴れて就職活動開始の準備が整う。
ディーラー職養成講座の受講者には、転職を希望する中年の男女が一定の割合を占めるという。ディーラー職は基本的に正社員で、カジノ運営企業の所属だ。カジノ運営企業は揃って大企業であり、賃金面だけでなく、福利厚生も手厚いことは大きな魅力と言える。マカオ人のみがディーラー職に就けるとする規定の存在理由は、セーフティネットのひとつとして機能しているからなのだ。
一方で、課題もある。カジノは24時間営業のため、ディーラー職の勤務形態はシフト制だ。夫婦とも、またどちらか一方が深夜勤務のあるシフト制勤務の場合、家族との擦れ違いが多くなることから、情緒的な問題を引き起こしやすいとも言われている。また、生活圏が狭くなりがちで、家族以外に交際する相手は話題や勤務形態を共有できる同業者や同僚に限られることから、価値観が画一化してしまうこともあるという。煌びやかな非日常空間に身を置き、目の前で大金が動く独特の職場環境、しかも自身はゲームのルールに精通しているとあって、ギャンブル依存に陥るリスクも他業種の従事者と比べて高いことも指摘されている。
カジノ運営企業はスタッフに対する各種トレーニング機会の提供にも積極的だ。知識と技術向上はもちろん、ギャンブル依存対策については政府や社会福祉団体との協力の上で対策がなされている。管理職のポジションを目指すことや、ホテル部門などカジノ以外の部門への異動のチャンスも用意されている。
カジノディーラー職の需要は、ゲーミングテーブルの台数によって変動する。マカオにおけるゲーミングテーブル台数の新規認可数は、2013年から2022年までの10年間で年平均3%以内とされている。母数が大きいので、それなりの数の雇用枠が生まれることになる。しかしながら、目下、新型コロナウイルス感染症の流行によってインバウンド旅客数が激減しており、マカオのカジノ売上も低迷している。また、防疫措置の一環としてソーシャルディスタンス確保の必要も生じていることから、稼働するゲーミングテーブル台数も減っており、ディーラー職の需給バランスが悪化している状況だ。
なお、マカオのカジノ入場及び労働年齢制限は、長く成人年齢の「18歳」だったが、2012年11月から「21歳」に引き上げられた。かつては高校卒業後、大学へ進学しなくともある程度の高給が見込めるディーラー職への就職を目論む若者が存在していたという。年齢制限の引き上げは、若者らへ大学進学を促し、カジノ運営会社に就職するにしても幹部候補生としての入社を目指してほしいとするマカオ政府の親心ともされている。
日本版IRが実現する際にも、ディーラー職は必ず必要となるだろう。日本の場合は外国人ディーラーを採用するとも伝えられているが、日本人ディーラーの養成も課題のひとつとなるだろう。
勝部 悠人-Yujin Katsube-「マカオ新聞」編集長
1977年生まれ。上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業後、日本の出版社に入社。旅行・レジャー分野を中心としたムック本の編集を担当したほか、香港・マカオ駐在を経験。2012年にマカオで独立起業し、邦字ニュースメディア「マカオ新聞」を立ち上げ。自社媒体での記事執筆のほか、日本の新聞、雑誌、テレビ及びラジオ番組への寄稿、出演、セミナー登壇などを通じてカジノ業界を含む現地最新トピックスを発信している。https://www.macaushimbun.com/