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【コラム】90年代のパチンコ屋を回想してみる(4)/CRAナカムラ

投稿日:2020年6月18日 更新日:

●CRAナカムラのぱちんこ泰然自若136
はい全国津々浦々の皆様!今週もこのお時間がやって参りました!CRAナカムラです!押忍!

休業明けから源さんが好調に稼働を引っ張ってるようですが、やっぱりパチンコはスペックありきで、演出は二の次(三洋ゴメン)だよNe☆と再認識した次第です。これほどスペックで客を引っ張れる機械と言えば…やはり初代牙狼が思い出されますね。

そんな初代牙狼の誕生裏話を一切忖度抜きの物語で読めるのは、オンラインサロン「パチ盛り」(https://pachimori.squares.net/eil84049/)のみ!ボクも参加させて頂いておりますので、どうかよろしくお願い致します。

さてさて、今週は90年代のパチンコ転換期プレイバックの最終話(たぶん)!

スタッフがお客さんにお辞儀をして、ホールでタバコも吸わない上にパンチパーマじゃないという、前代未聞の接客スタイルをウリにした店舗が新規で誕生したのをキッカケに、大手法人を中心にその流れが加速していく。

ナカムラ少年がバイトで居たホールでは、カウンター前の従業員用灰皿が撤去(従業員喫煙はド継続)され、新たな風が吹き始めたのを体感した頃、当時の南大阪エリアでまず動きが速かったのがマルハンだった。今でこそ流行の最先端で業界を引っ張る巨人だが、まだこの頃はそんなに特別感はなく、数あるホールの中の一つで

(゚Д゚)んーなんかそこそこのチェーン店らしいね!パチンコ店密着24時で見たわ。

くらいのイメージ。そんなマルハンの松原店が改装に入っていると聞きつけて、同じ市内のぱちんこ村(弁慶・フェニックス・大河)で綱取物語のモーニング奪取後に愛車のJOGをカッ飛ばして見に行くと、改装どころか更地に戻して建て直すレベルの工事が行われておりました。

(゚Д゚)これは改装オープンに期待できるでぇ!

と思わせておいてから数か月、ついに完成した店舗は…あの外壁に腕組みした外人さんがドーンと描かれて、妙にオシャレ感が醸し出されていたイメージ、分かる人には「あー!あったあった!」と言ってもらえるだろう。

(゚Д゚)なんかえらいオシャンティーな事になっとるがな。

と思いながら並んだ思い出。当然のように接客スタイルは一新され、出玉が本当に凄まじく、THE祭りだった。それだけこの大きな転換に気合を入れていた証拠だろう。たしかCRFザワールドとか打ったかな。記憶が定かではないが。

このマルハンの誕生が最大級の衝撃を与え、近隣の店舗も徐々に流れに乗っていく。改装ラッシュは打ち手には嬉しい限りで恩恵を頂きまくったのだが、多くのホールではパンチパーマを無理矢理ストレートパーマで戻されたイカツイオッサン達が、超絶ぎこちない会釈をしながら微笑むという、別の意味で怖いカオス空間がそこらじゅうに生まれたワケだ。

先週まで「おぅニイチャ~ン」だったセリフが、改装工事して翌週には「オオぉお客っ様っ!」に変わるんだから、そりゃあ舌も噛むし辞めたくなるだろう。彼らも可哀想だったが、もっと可哀想なのは東南アジア系の従業員で、どういう経緯で流れ着いてたのか不明だが、各店(特にAグループ)大量にいたのに改装後には居なくなっているのがデフォルトで、

(東゚ω゚)「フィッバ!フィッバ!スッパァク!オターレ!オミートゥーゴジャーーシィ!」
(訳:フィーバースパーク大当たりおめでとうございます)

という大当たりマイクが聞けなくなったのは、一つの時代の終焉を感じざるを得なかった。

そこからどれくらいかかったかなぁ…ほぼ1年以内にほとんどの店は新スタイルに変貌していき、断固として旧型を貫いた店は潰れていき、ナカムラ少年も新スタイル店舗に移籍したのだった。

そこから先は、ラッキーナンバー制が無制限になったり、貯玉という概念が生まれたりして現代のパチンコ店に近づいていき、今に至るというところか。

かなり文字数がオーバーしてる中で、敢えてもう一言だけいわせてもらうと

(゚Д゚)この時代、ほんと面白かったんだぜ!

~完~

■プロフィール
CRAナカムラ
奈良・愛知・岐阜・広島で店長職を10年歴任。その後、大阪の某チェーン店で統括営業本部長職を経て独立。常に打ち手目線を持ちつつ…と言えば聞こえはいいが、この男自身パチンコするのが三度のメシより好きという重症患者。

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